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【レビュー】TZ-PSP101x - 引用とオマージュに富む、文房具好きのためのシャープペンシル

 

はじめに

こんにちは。ロロロルです。

突然ですが、みなさんには「ぼくがかんがえたさいきょうのシャープペンシル」はありますか?

僕にはあります

 これは僕が中学生の時に考えた「さいきょうのシャープペンシル」なのですが、見ての通り、さまざまなシャーペンから、好きなところを取ってきています。口金の三段テーパーはグラフ1000そのものですし、ネット状のグリップの意匠はMx-1052を応用したものですし、グリップと口金が一体化している構造はスマッシュそのものです……挙げたらキリがないんですけれども。

そんなふうに、「ぼくがかんがえたさいきょうの」何かは、いつだってその分野における優れたもののいいとこどりになる、と相場が決まっています。

きっと「さいきょうのなにか」を考えるのが楽しいのは、いいとこどりをしていくことで、さまざまなものの背景知識や文脈が交差するからなんでしょうね。

そして実はこれから紹介するTZ-PSP101xも、そんなふうにいろいろなシャーペンの影響が随所にみられるものであり、だからこそ見ていて楽しいのです。

 

概観

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時代の潮流の中で

TZ-PSP101xは1995年1月20日コクヨから発売されたシャーペンです。当時の価格は1000円(税抜き)。芯径は0.3,0.5,0.7があり、それぞれ黄色,茶色,青色をポイントカラーにしていました。この配色はISO規格に準拠したものです。同年にはグッドデザイン賞も受賞しましたが、その後廃番になり今に至ります。

硬度表示窓の構造など、そのフォルムはロットリングの製図用シャーペンを想起させます。実際、TZ-PSP101xが発売された同じ年に、コクヨからTZ-PSP100xが発売されており、グッドデザイン賞を受賞していますが、これは同時期に発売されていたロットリング500に酷似しています。リンク先の記事によれば、当時のロットリング500には芯クッション機構がついていたとのことで、その点でも同じです。

同時期・同価格帯の製図用シャーペンでいうと、グラフ1000を筆頭として、その対抗馬であるMx-1052,モノテック1000,ドラフィックス1000など、現在でも文房具マニアからの人気が高いシャーペンが並びます。これらの特徴として、耐久性というよりはむしろ軽量指向、つまり金属からプラスチックへ、ということが挙げられます。製図に耐えうるガチガチのシャーペンから、より軟派で洗練された、必要十分な機能を備えたシャーペンへの転換――このムーブメントは1986年にグラフ1000が登場したことによって始まるのですが、1990年代には各社からその対抗馬が出され、製図用シャーペンにおいて1000円の価格帯はひとつ重要な位置づけになっていきます。

1995年に発売されたこのTZ-PSP101xも、当然その流れの真っただ中にあるシャーペンです。ここでもう一度その外観を眺めてみると、なるほどグラフ1000を意識した軽量指向で、また黒のボディラインもそのオマージュがみられます。

 

このシャーペンで特筆すべきは、芯クッション機能が搭載されている点です。通常、製図用シャープペンシルでは、その用途から高い精度が求められます。そのため、いくら芯折れを防止するためとはいえ、不用意に芯をペコペコ引っ込ませる可能性のある芯クッション機能が搭載されるのは、あまり好ましいものとは言えません。それでもなおそれが搭載された背景には、CADの普及とそれに伴う手書き製図の衰退、製図用シャーペンの一般筆記分野における再評価が大きく関わっています。

1980~90年にかけて、コンピュータの発達とともに、一般企業に広くCAD(コンピュータ支援設計)が受容されていき、それに伴って手書きの製図は時代遅れのものとなり、次第に製図用シャーペンの需要はなくなっていきました皮肉なことに、グラフ1000を筆頭とした新世代の製図用シャーペンが発売され、その分野が隆盛を極めていたにもかかわらず、です。

グラフ1000が発売されたあとの1986年もしくは1987年*1には、いまやぺんてるの代表的なシャープペンシルとなったスマッシュが発売されています。これはグラフ1000をベースとして、製図用シャープペンシルで培った高精度のギミックを一般筆記に転用する目的で作られたシャーペンなのですが、ぺんてるがそのような方針を取ったのには、近い将来CADによって純粋な製図用シャープペンシルが淘汰されるだろう、という危機感があったものと推測されます。

同様の観測はぺんてるのみならず文房具業界全体に共有されたものであったことだろうと思われます。ここでTZ-PSP101xに芯クッション機構が搭載された理由を再考してみると、やはりそこには一般筆記指向という発想があったものと考えられます。

芯クッション機構のみならず、TZ-PSP101xはいままでの製図用にあまりない特徴を多く備えています。口金は三段テーパーとなり製図用の風味を残しつつも、概観すると円錐形にも捉えられ、一般筆記用の様相を呈していますし、それはスマッシュの滑らかな円錐形の口金に対するオマージュとも取れます。タイヤのようなラバーグリップもやはり今までの製図用にはないつくりで、これまたスマッシュの凹凸あるラバーを思わせるものとなっています。

 

使い心地について

重心はクリップの先の少し前となっていて、ほぼ真ん中にあります。重量はかなり軽く、軽快感のある書き心地です。軸がほとんどプラスチックから構成されていることもあって、書いているとその剛性のなさから細かな振動が手に伝わってきますが、軸がやや太めなのと、いちおう製図用であるためカッチリと作ってあることから、不安定な感じはありません。しかしクリップが長いため手に当たり、それによって軽快な筆記が妨げられることがあります。これはマイナスポイントと言えるでしょう。

芯クッション機構はかなり敏感に作動します。芯折れに悩んでいる人には向くかもしれませんが、そうでない人にとっては、不用意にペコペコ芯が沈み込むことがあり、ストレスに繋がります。しかし、後述の改造によって、ストレスのもとであった芯クッション機構が、軸の剛性がないことに由来する細かな振動をある程度軽減し、滑らかな筆記感に変えるための機構に変身します。この改造は、改造という言葉を使うのがはばかられるほど簡単なものなので、製図用シャーペン本来の安定感ある書き心地が好きな人には、この改造を強くお勧めします。

 

細部について

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口金は三段テーパーになっていますが、ざっくりと見ると円錐形のフォルムであり、一般筆記用の影響がみられます。塗装はグラフ1000に近く、出荷段階では艶消しであり、使い込むと艶が出てきます。テーパーのエッジが効いているので、そこは構造的に剥げやすいです。写真は僕の所有しているTZ-PSP1085ですが、これはある程度使い込んだ状態です。

グリップはタイヤのように凹凸が付いたラバーです。このラバーは薄く、凹凸の段差も小さいので、持った時にはいわゆるラバーの軟質な感触というよりはむしろ、軸の硬質な感触が手に伝わります。その薄さゆえ、使い込むとラバーが軸から浮いてペコペコしそうなものですが、幸い僕のものはそうなっていません。n=1では何とも言えませんが、案外いい素材を使っているのでしょうか。また、廃番品であることから、もし店頭で見つけても、長期保存の経過による硬化によって、軸からラバーが浮く、ということもあるかもしれません。このような事例の代表例として、ドラフィックス1000のリング浮きが挙げられます。

 ドラフィックス1000の団子三兄弟グリップは、実は一連のラバーに、二つの金属リングを嵌め込んだだけの構造となっています。このため、長期保存の末に発見されたドラフィックス1000は、グリップが硬化し、金属リング部分だけがわずかに浮いたような形となってしまうことがあります。この場合、すこし使用して手の脂を吸わせてやると復活することがあります。同様に、もしTZ-PSP101xのラバーが浮いてペコペコした状態で発見されたとしても、少し使ってやることで上手い具合にグリップが馴染んでくれる場合がるかもしれません。

ラバー自体の感触としては、いわゆるラバーと言った感じで、べたつくまではいかない程度に、よく指に吸い付きます。

 

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茶色のプラが見えている部分です。これはリング状の部品ではなく、ラバーグリップの下のプラ軸の延長にあります。この色は0.3なら黄色、0.5は茶色、0.7は青色となっており、これはISO規格に準拠しています。見せ方がかっこいいともエッチいとも言えて、とてもいいものです。

グリップは軸のかなり上の方までありますね。安心感があります。

 

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上軸は硬質で薄いラバーが巻かれていて、質感はともかくとして実用性があります。

コクヨのシャーペンは上軸にこのラバーを使うことがよくあります。例えばTZ-PSP100xなんかもそうですし、キャンパスアートなんかもそうですね。最近で言えばキャンパスジュニアペンシルもラバーで軸が構成されています。

キャンパスアートに関しては、同じような形状で、ラバー要素だけを抜いたシャーペンである、リネックス2001というシャーペンもあります。このようなところからも、コクヨとさまざまな企業とのつながりがうかがえます。

ロゴマークはちょっとやそっとのことでは剥がれそうにありません。"PRO"のフォントに時代を感じます。

 

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クリップはラバー軸に張り付いて外れそうもありません。クリップが長くて手に当たるだけに、ここは外れて欲しかった。もしかしたら経年劣化によるものなだけで、製造段階では外れたかもしれません。

クリップの塗装は現在のロットリング500のようにザラザラとした感触です。

硬度表示窓はロットリングのそれに酷似しています。金属のローレットの粗さもそのままです。4H,2H,H,F,HB,B,2B,∅を選ぶことができ、それらの文字は直接印刷してあります。硬度表示窓の中ではトップクラスに機能的な仕上がりです。

 

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キャップには直接芯径が刻み込んであり、消える心配はありません。

ノック周りのアソビもなく、精巧な作りです。

「このシャーペンがロットリングに似ている」というところで、ロットリング製品にありがちな「キャップがひとりでにスルスル落ちてしまう」症状があるかもしれない、と心配した方もいるかもしれませんが、結論から言えばそれはありません。理由は後述します。

 

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さて、シャーペンを分解していきます。口金を外すと写真のようになっています。グリップ側の金属の厚みがかなり薄いことに驚きます。しかしながら、強度に関してはさほど心配はなさそうです。

 

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口金と接合するねじ山について、グリップの側はプラスチックでできています。写真を見ても分かるように、かなり脆弱な作りであり、気を付けないとねじ山をナメてしまうこともありそうです。

また、後述する「軸の剛性がないことに由来する細かな振動をある程度軽減し、滑らかな筆記感に変えるための機構」への改造では、構造上ここにより大きな負担がかかるという弊害があります。

 

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口金に加えて上軸も分解しました。グリップは両端でつっかえて外れない設計になっています。ワンポイントで入るカラーリングは、このグリップの下にある茶色のプラ軸が一部露出したものでした。

 

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消しゴム受けは、その金属部品がプラの芯タンクに嵌め込まれているような構造になっています。前述した「キャップがひとりでにスルスル落ちてしまう症状」が起きない理由としては、写真のように、きっちりと消しゴム受けにキャップを止めるための切れ込みの構造があるからです。

 

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消しゴムはロットリングのものと同じです。突針が曲がっているのは僕のミスです。

 

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「グリップは両端でつっかえて外れない設計になっています」と前に書きましたが、無理やり消しゴム受けの金属部品を外すと、このように分解することができます。芯タンクがプラスチックで、何回かやるとヘタる可能性があるので、あまりやらない方がいい作業です。

バネが見えます。このバネによって芯クッション機構が成立しています。つまりは、このバネの強度によって芯クッションの感度が変化します。固くなれば固くなるだけ感度は鈍くなり、ペコペコ沈み込むことがなくなります。

 

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すなわち、このバネを硬化させれば「軸の剛性がないことに由来する細かな振動をある程度軽減し、滑らかな筆記感に変えるための機構」程度のペコり具合になるというわけです。

ばねを硬化させるには、単純に、びよーんと引っ張ればいいです。あまり引っ張りすぎるとシャーペン自体を傷める原因になるので、あくまでさじ加減に注意しつつ引っ張ってください。

また、これをすることによって恐らくメーカーの保証対象外になります(もっとも、廃番品の保証があるか、と言われると怪しいですが)。あくまで自己責任でお願いします。

 

おわりに

先日、TUTAYAでTZ-PSP1015の復刻と思われるシャーペンが売られていた、という情報が入ってきました。しかもなんと白とピンクのカラー展開まで!

TUTAYAのページを見ると、たしかにHEDERAブランドで"スタンダード製図用シャープペン"としてTZ-PSP1015と全く同じ形のシャーペンが売られています。

tsutaya.tsite.jp

CADの普及と製図用シャーペンの需要の低下から、現状コクヨは製図用シャーペンの事業から手を引いている状態です。しかしどうやらおそらく受注生産という形で、TZ-PSP1015が復活を遂げたようです。

近年、ぺんてるのスマッシュがLOFTで限定カラーを出したことを皮切りに、受注生産ブームが起きています。このHEDERA"スタンダード製図用シャープペン"もその流れをくむ製品のひとつと言えます。

さまざまな文脈が交差する中で生まれたTZ-PSP101xに、新たな文脈が加わって再解釈としての HEDERA"スタンダード製図用シャープペン"が生まれたと考えると、なかなか感慨深いものがありますね。

復刻ということで、もしかしたら昔の構造や部品と異なる部分があるかもしれません。ぜひ、この記事と見比べて楽しんでみてください。きっと新たな発見があるはずです。

もしかしたら、改造もそのまま通用したりして……?

*1:公式でも表記ゆれがみられるが、グラフ1000の後に発売されたという点については間違いない。

1986年とするもの:「心地よさとプロ仕様の両立」Amazon筆記具ランキング1位のペン : 表現の道具箱

1987年とするもの:シャープペンブームの火付け役スマッシュ 待望の0.3ミリを復刻発売!|新着情報|ぺんてる株式会社